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5/27相馬港を視察後、桜井市長にお会いしました

今日は午後には帰路に就かなくてはならないため、午前中津波の被害を受けた地域を見て回りました。まず原発から20キロの地点まで南下し、そこから海岸線に沿って北上しました。南相馬市の海岸付近は海から2~3キロに渡って津波で全ての建物が流され何もありません。がれきの撤去がほぼ終わって、見渡す限りの泥の平原です。ところどころに折れ曲がった鉄塔や破壊された自動車、がれきの撤去作業中の重機などが見えるくらいです。道路も舗装が残っているところは一部で砂利道が続きます。荒れ野の中に1本の支柱が立てられ鯉のぼりが翻っていました。この鯉のぼりの持ち主の男の子は無事だったのでしょうか。

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海岸線に沿って北上して、松川浦という漁港に。ここではまだ大きな漁船が打ち上げられたままです。逆に海の中に津波にさらわれた家やマイクロバスが見えます。この美しい漁港を襲った津波の凄まじさは想像を絶します。この後さらに相馬港まで足を延ばして南相馬市役所に戻りました。

12時から南相馬市の桜井市長と面会しました。桜井市長は元々産業廃棄物などの環境問題に熱心に取り組んでこられたそうで、飾らない実直そうな方で好感を持てるお人柄です。被災の当初は、7万人の市民のうち6万人近くが市外に避難していたのが、現在は4万5人くらいまで戻っているのではないかということです。それだけにご苦労も多いと思います。

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桜井市長との面談を終え廊下に出たところで「杉並の議員さんでは」と女性に声をかけられました。「杉並区の駅前で義援金活動をしているのを見かけましたよ。」とおっしゃるのです。この方は杉並区に避難していて、今日は用事で一時的に南相馬に戻って来ているそうです。「これからもお世話になります」「困ったことがあったらご連絡ください」とご挨拶して市役所を後にしました。

最後に私たちが持って行った放射線検知器の測定結果についてですが、私たちの持っていったのは1分間のγ線の積算量を計測する器械なのですが、非常に簡便な器械でもあり、また私たちのような素人が計測した数値でもありますので、その結果をここで明らかにして数値だけが独り歩きすることになってはと考え、具体的な数値の公表は控えさせていただきます。ただ杉並区に比べて、現地では明らかに高い数値が計測されたこと、また原発からの距離には関係なく放射線の数値の高い地域があったこと、また市街地よりも農地や、草原などで高い数値が出た事、また地面に近いほど高い数値が出た事などを報告しておきます。

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