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2011年12月

12/9 議長報酬の削減を実現しました

今日は区議会の最終日でした。私は自分が所属をしていない総務財政委員会と文教委員会の議案に対して、けしばさんと分担をして反対討論に立ちました。選挙管理委員会の人選が行われ新しく4人の方々が選任されました。

また議長の報酬を約5万円削減する議員提案の議案には、一言厳しい意見を表明し賛成しました。これまでの議員の報酬は、議長90万9000円、副議長77万9000円、委員長64万7000円、副委員長62万円、議員59万9000円となっています。

議員の報酬は、議員自身が決めることになっています。これまで私は、議員報酬削減もそうですが、自民や公明のたらいまわしとなっている議長・副議長の報酬の削減と委員長・副委員長の上乗せ報酬をなくすよう求めてきました。

議長報酬削減の議案に反対する議員は誰もいません。議員提案ですから、私は、当然にも議会運営委員会全員(4人以上の議員を有する交渉会派:自民、公明、民主・社民、共産、ネットみどり)から提案されるものだと思っていました。ところが、提案者を見ると、議長の与党会派である自民、公明、民主・社民会派の議員の名前は出ているものの、共産やネットみどりの議員の名前がありません。議会運営委員会の審議では、共産とネットみどりが本会議ではじめてその内容を知ったことも分かりました…。

これまで、自民、公明、民主・社民は、それ以外の他の会派が何度か重要な議案を提出したおりにパフォーマンスだと批判をし反対をしてきました。事前に、議案に対する説明が十分行われず、意見を求めるための努力がなかったという批判です。その立場であれば、全ての会派・議員に呼びかけてよいはずです。それが、共産やネットみどりの議員に対して行われていなかったのはなぜでしょうか。区民に対して、自分たちだけがやったんだと宣伝したいことが見え見えです。これこそパフォーマンスでなくてなんでしょうか。この姿勢に、私とけしばさんは一言苦言を呈しました。議会は、区民のために区民に向けて行われるべきで、区民のために会派や立場を超えてやれることは、一致して行うべきだと私は思います。私たち議員はもっともっと自分自身を律していかなければなりません。

自分自身を律することといえば、今回もう一つあきれることがありました。自民党の「ヤジ」の差別的なことです。議員のいわゆる「ヤジ」は不規則発言として認められています。しかし、それはあくまでも、その内容に対する中身のある批判でなければならないと私は思います。今回の事態は、他の会派の議員の発言に対して、自民党のT議員が幼稚な口ぶりで口真似をしたことで、同じ会派の議員たちがそれを笑う…という場面。私は思わず「揶揄的なヤジはやめろ、聞いていて恥ずかしい」と声を荒げてしまいました。呆れるよりも怒りを感じたのです。他人の発言やしぐさをとらえ、幼稚に口真似する行為は、差別以外のなにものでもありません!これまで議会改革の議論の中で、ヤジの当事者であるT議員はしきりに「良識の範囲で」を繰り返してきました。これがT議員の言う「良識」なのでしょうか、あまりにもお粗末で情けない。この状況を傍聴された区民はどのように感じたでしょうか。その場面を子どもたちが見たらどのように思うでしょうか…ほんとうに恥ずかしい限りです。

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12/7 今日は私の誕生日…

1年が過ぎるのはあっという間です。今日は私の○○歳の誕生日。午後10過ぎに高校時代の親友から「今日はもしかしたら、○代最後の誕生日?!おめでとう!!…」のメールが届きました。その後、もう1件、Sさんからもメールが…。覚えていてくれてありがとうございます。嬉しかったです。こらから1年、またがんばります写真は、今日メールをくれた親友から、高校2年か3年生の時にもらった誕生日プレゼント。フェルトで作った「しおり」です。物持ちのあまりよくない私ですが、この「しおり」だけは○十年手放すことなく使っていますかわいいでしょう。大分色あせているけれど、やわらかくて使い心地もなかなかいいのです覚えていますか

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12/6 清掃リサイクル特別委員会がありました

清掃リサイクル特別委員会がありました。今日は、1.杉並清掃工場の建替えに向けた「環境影響評価書」について、2.東京都が被災地・女川町から引き受けることになった「ごみ処分」について、報告がありました。私は、「環境影響評価書」については、2009年と2010年に区が提出した「区長意見」や住民の意見をもとに質問。

被災地ごみ処分については、杉並清掃工場は建替えのために来年1月から停止になるためごみの受け入れはありませんが、震災後の4・5月に、工場に働く職員組合から、安全性保障のうえで、「公務公共に関わるものとして、1年間工場の建設を遅らせてでも被災地のごみ処分を引き受けるよう」要請があったことを明らかにしました。清掃に働く職員は、阪神や中越沖のごみ処分支援の経験から、その大変さをよく理解されていることがわかりました。今後は、放射線測定を行いながら処理が行われます。

住民生活への影響という点では、建替えの間、周辺の工場にもっていくことになるのですが、まだどこの工場にもっていくのか詳細が決まっていません。状況を見て搬入先(工場)を決めることにもなりこれまでの時間とは大分ズレるようです。清掃の職員も大変です。「決まれば、(住民への)説明を行う」との区の答弁でした。

寒さが厳しくなりました、被災地の様子がとても気になります。

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12/5 くらし相談が無事解決しました

午前はくらし相談があり、相談者と一緒に福祉事務所と年金機構高円寺事務所に出かけました。このところ相談が増えていますが、そのうちの2件が無事解決しました…一安心です。午後は来客があり、その後明日の委員会準備、夕方は日朝議員連盟の総会に出席をして一日が終わりました。

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12/4 障がい者自立生活者・自立支援功労者表彰式に出席しました

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セシオン杉並で行われた障がい者自立生活者・自立支援功労者表彰式に出席しました。屋外では各作業所の出店があり、私は事務所に飾るクリスマス・リースを買い、焼きそば、たこ焼きを食べました。

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セシオンに向かう途中で、買い物袋を提げた地元のAさんにお会いしました。セシオンからの帰りだということでした。Aさんは、障がい者バザーなど、イベントがあればかならず参加されるそうです。嬉しいですね。

表彰式は9人の方々が表彰されました。受賞の際、その方の紹介が大きなスクリーンで映し出され、素適な表彰式でした。緊張した面持ちや嬉しそうな表情、涙を流す方もありました。私の前にいらしたのは、お連れ合いでしょうか。カメラを向けながら、涙を拭いていました。どのような思いがあったのでしょうか。代表でお礼を述べた方は「夢や希望をもって、焦らず、これらかも仲間たちとやっていきます」とご挨拶されました。はじめて参加した式典でしたが、皆さんが主人公、素敵でした。

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12/3 「フクギの雫」公演と大田昌秀さんの講演会に参加しました

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はじめて「フクギの雫」の公演をみました。フクギの雫とは、1959年旧石川市の住宅地に米軍ジェット戦闘機が墜落し、機体の一部が宮森小学校に突っ込み、ジェット燃料が降り注いで、住民・児童・先生など229名が死傷した事件をテーマにしたものです。

若い人たちが、遺族に聞き取り調査をして劇にしました。構成も音楽も芝居も色々な面で、すばらしい内容でした。中でも当時の住民が撮影した貴重なフィルムが上映される場面。フィルムは白くなり、判然としない部分もありますが、とても貴重なもの。小さな子どもを抱きかかえた米軍兵士の姿が映し出され、多くの住民たちが見守る場面に、私は涙しました…苦しい親御さんたちや人々の悔しさが伝わってくるようでした。フィルムは、本当は3本あったらしいのですが、米軍に没収され1本だけ隠していたものだそうです。昔もいまも変わらない、沖縄の現状です。

後半は大田昌秀さんの講演です。大田先生は宮森小学校の事故に関連するご自身の体験を含め、沖縄の歴史と現状について1時間40分に渡ってお話されました。それでも時間が足りず、先生曰く「大事なところをいくつも抜かした」そうです。何度聞いても学ぶことの多い内容です。大田先生には、ぜひこれからもご活躍をお願いしたいと思います。

私はこの講演会の賛同人でもあり、同時に行われていた朝鮮高校無償化を求める集会には参加できませんでしたが、後援会からは10人が参加をしました。報告を楽しみにしています

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12/1 田中元沖縄防衛局長は懲戒免職処分を 一川防衛大臣は辞職せよ  

1128日、マスコミとのオフレコ懇談会の場で、普天間基地移設先の環境影響評価書の提出時期を聞かれた際の田中聡元沖縄防衛局長の「犯す前からこれから犯しますよといいますか」という発言が明らかになりました。この発言はオフレコの懇談会であることをよいことに、本音をさらけ出した重大な問題であることに改めて身震いするような気持ちです。仮にも公務員たるものがこのような発言で沖縄県民や女性を愚弄し辱めたことは絶対に許すことはできません。

田中防衛局長の「これから犯しますよといいますか」としたこの言葉は、差別的用語の中でも最も悪辣で非人間的な言葉です。これまで沖縄の子どもや女性たちが、米軍兵士や自衛隊員の性的凌辱をうけ、殺され、人間の尊厳を奪われてきました。この恐怖と辱めは今も記憶から消えることはなく、犠牲者は癒されることはありません。こうした悲惨な事件を繰り返してはならないと誓った私たちの前に、まるでこれをあざ笑うかのような田中氏の発言には、怒りと悔しさで身が震えます。

19556歳の由美子ちゃんが暴行され殺されゴミ捨て場にうち捨てられた姿を想像してください。幼い子や10代の子どもたちが襲われ凌辱される恐怖を思い浮かべてください。多くの女性たちが殺されるかもしれないという恐怖の中で受ける辱めを想像してみてください。この人間としての当然の叫びは、防衛省や日本政府には全く届かないのでしょうか。

また国会の質疑で、95年の少女暴行事件について聞かれた一川防衛大臣は「事件を詳細には知らない」と発言したそうです。こんな人物が防衛大臣として、普天間基地の辺野古移設を進めようとしているとは恐るべき事態であるというほかありません。

そもそも「犯す」行為は、暴力を背景とした最も忌まわしいものです。行為の対象は、立場も体力的にも弱い「犯してもよい」子どもや女性たちに向けられています。田中氏が普天間基地の辺野古への移設を、この非人間的な行為になぞらえたところに、沖縄対する蹂躙の姿勢を見て取ることができます。

1995年の暴行事件に対して、米軍関係者は「車を借りる金があれば、女が買える」と発言し、現在、裁判に訴えられているメア米国務省日本部長は「沖縄はゆすりの名人」「ゴーヤーすら作れない」とし、依然とした沖縄蔑視が貫抜かれています。この侮辱は、米軍や田中元沖縄防衛局長だけの独特の感性でしょうか。とんでもありません。田中氏はかつて那覇防衛施設局の職員として沖縄で働いていたと知りました。この意識は、防衛施設局内・防衛庁内で増長されたものです。日本政府・防衛省にとって、沖縄は暴力で虐げる存在であることが明らかになりました。

こうした沖縄蔑視を、沖縄の人々は、繰り返される事件・事故で、基地を押し付ける政策にいやというほど味わわされてきました。田中発言で推して知るべしです。

今回の防衛局庁・田中氏発言は、普天間基地の代替基地とされた辺野古新基地建設に反対する県民の一歩も譲らない姿勢への業を煮やしてでた焦りの発言であるともうかがえます。「人間に値しない輩(沖縄)が国に楯つくとは何事だ」?!という一貫した政府・防衛省の傲慢な姿勢が見え隠れしています。

かつて喜屋武真栄・元参議院議員は「小指(沖縄)の痛みは全身の痛み」と表現しました。沖縄の痛みを日本全体の痛みにという沖縄の願いはことごとく踏みにじられています。戦前・戦中、戦後を通して国策の前に虐げられてきた沖縄人の一人として、私は抗議し要求します。

1.田中元防衛局長を、発言のもつ暴力性と差別性の重大さから、国民全体の奉仕者としてふさわしくない行為であり公務員の資質に欠けることから懲戒免職処分とすること

2.こうした人物を登用した政府の責任は重大であり、一川防衛大臣の辞任を求めます。

以上、直ちに上記の措置が取られるよう求めます。

2011.12.1                   

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