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2012年5月

5/31 所属委員会が決まりました

私は今回も要望通りに、保健福祉委員会、清掃・エネルギー対策特別委員会に決まりました。この一年間また頑張ります。

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5/30 議会臨時会が行われます

今日の議会は、保健福祉委員会の議員全員で提案する、障がい者福祉部会提言に基づく法律の制定を求める意見書の採決があります。これは全員の賛成で採択されることになるでしょう。他には、議員提案としてだされる議員報酬の削減について、2つの議案が上程されます。報酬削減を付則にするのか、職員と同じように本則にもりこむかの違いです。付則にするのは、景気回復があれば議員報酬のお手盛り値上げを考えていることになるので、付則には反対。職員や区民の理解が得られるようにします。

本臨時議会は、議長・副議長の選出と、常任委員会、特別委員会の所属を決めます。一昨年までは、交渉会派(4人以上の会派)から委員長・副委員長ポストに割り当てがされてきました。ところが、昨年から共産党(6人)やネットみどり(5人)が排除されるという異常事態になっています。自民・公明・民主の勝手なやり方が許せません。本会議終了後に、決められます。どうなるでしょうか。

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5/29 またまたモンシロチョウがかえりました

Photo無農薬野菜の小松菜からポタッと落ちた青虫。さっそくケースに入れ育てました。約2週間で、薄黄色のモンシロチョウに。薄黄色の羽を広げ、杉並の空に巣立ちました。無事に孵ってよかった~。

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5/16 沖縄戦を生き抜いたKさんのお見舞い

ひめゆり学徒の生存者であるKさんの見舞いに行きました。ちょうど診察に向かうKさんに出会い、沖縄報告をしながら私も診察室に付き添いました。すると介助の介護士さんが「私も沖縄です」と嬉しそうに答えました。私は介護士さんの顔を見たとたんに「もしや」と思っていたのですが、やっぱりそうでしたね。Kさんはそれを聞くと、急に元気になって「私はね、沖縄戦の生き残りなのよ」と自己紹介。うれしかったのですね。Kさんの何よりの「ヌチグスイ」(命の薬)は、大田先生からのお便りです。同じ沖縄戦を生き抜いたKさんや大田先生。以前もKさんが入院した折に、私は大田先生にKさんへのメッセージをお願いしました。そこには「沖縄戦を生き抜いた者は何物にも負けない!」と書かれてあり、私は胸が熱くなりました。今回もKさんへのお土産は、大田先生のメッセージです。Kさん「何よりも、嬉しい」と満面笑顔です。大田先生は86歳にして、記憶も頭脳も明晰、しかも意欲にあふれ、私はいつも圧倒されます。Kさんや大田先生にはぜひお元気で長生きをしていただき、戦争の惨禍と軍隊は決して住民を守らないという沖縄戦の真実を語り継いでほしいと思います。

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5/12~14 沖縄平和行動に参加

20125132012513_3沖縄の日本への施政権返還の5月15日。沖縄にとっては「屈辱の日」として、基地の押し付けに対する抗議行動が毎年行われてきました。40年になったいまも変わらない現実、それどころか7月にもMV22オスプレイ12機の普天間基地への配備が強行されようとしていることに、怒りでいっぱいです。

2012513_2

2012512今回は、けしばさんが行けず、私は後援会の6名の方々(内、お二人は沖縄は初めて!)と一緒に参加しました。初日は、辺野古→南部の沖縄師範(鉄血勤皇隊)健治の塔視察、2日目は宜野湾市役所から平和行進に参加、夕方のオスプレイ配備県民集会、3日目は、嘉手納基地を「カデナ道の駅」からF15戦闘機の爆音を体験→普天間

2012512_2

基地滑走路正面にある嘉数高台では、クローズアップ現代の収録に遭遇しました。その日の夕方に報道されるということでしたが、残念ながら見ることができません。どのように報道されるのでしょうか。予定の最後は、大田昌秀平和総合研究所を訪問し、大田先生が収集された写真展を見学後、限られた時間でしたが大田先生とお会いしお話を聞くことができました。

時間的にはハードでしたが充実した3日間。行くたびに沢山のことを学びました。今回、仕事を兼ねて参加されたSさんは、13日の平和行進の後に、遺骨収集をされている具志堅さんと同行され現場を視察しました。その報告は大変興味深いものでした。現在も那覇市内の「ムイ」(森)には多くの遺骨が野ざらしになったまとのことです。民間人の具志堅さんは、これをほっておけず収集を始めたのですが、収集された遺骨の中でDNA鑑定をし遺族の元に還ることが出来るのはわずかの5%だそうです。遺骨収集は、本来は国がやるべきことであり、一民間人にやらせることで放置するあり方に疑問を感じました。

来年は、ぜひ遺骨収集を視察したいと思いました。残念なことに、基地がある限り毎年5月15日の行動は続くことになります。ぜひ皆さんも参加ください。

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5/10 相談に追われています

最近は福祉事務所に足を運ぶことが多くなりました。ご商売がうまく行かず病気も加わりやむなく生活保護申請にいたるケース、などなど、寄せられる相談はどれも切実ですぐにでも解決しなければ、命にかかわることも。私ひとりでは時間がかかるばかり。スタッフが欲しい…です。

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5/9 朝は清々しい気分

朝街宣を終えた後はとても清々しい気分になります。通勤の方から「おはようございます」「応援しています」と声をかけていただき、区立中学や私立学校に通う子どもたちからも「おはようございます」の元気な挨拶があり、忙しいなかで、ニコッと笑顔で通り過ぎる方も少なくありません。一日の元気の素ですね。

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5/8 大家さんとの交渉

長い間の家賃の滞納、廃業に伴う機材の撤去・部屋の「現状回復」の問題で、相談者の大家さんご家族にお会いしました。率直に相談者の現状を話したところ、大家さんから「商売が厳しいことは、近くにいるのでよくわかります。いまはどの商売も同じ状況ですね。大丈夫です、わかりました」と、気持ちよく了解していただき大家さんの負担ですべて片づけてもらえることになりました。わずか1時間くらいの話しあいでしたが、大家さんからは1・2ヶ月間は家賃はいらないからその間に移転先を探すようにとの心遣いもあり、私もとてもうれしく思いました。数週間前に別件で同じようなケースを扱いまいしたが、貸借人と大家の関係がこじれいて大分厳しいやりとりを経験しました。大家さんのお人柄と、相談者の安心された表情が、印象に残りました。

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5/6 脱原発杉並行動 第2弾!

14時半開始の脱原発杉並行動。蚕糸の森公園には若い人たちを中心に多くの人たちが集まりました。昨日に続きとても暑い日で私は半そでに薄いコートの軽装。デモ出発時、急に雲行きが怪しくなったかと思うと、突然大粒の雨が降り出し、しばらくするとさらに激しい風雨に加え、雷や雹までが襲ってきました。幼い子どもや高齢者を中心にしたデモの先頭は前に進めなくなり、安全を取って解散。先頭から2番目にいた私は、途中でやめるのは“根性なさすぎ”と自らを叱咤し、けしばさんが仕入れた合羽で寒さと雨をしのぎ最後まで行進しました。高円寺駅に到着するころには嵐は止み、最後の高円寺駅頭での演説を無事終えることができました。本当は止めようかと思ったけど、やりとおしてよかった~(;一_一)

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5/5 今日から原発はすべて停止に!再稼働を止めよう!

阿佐ヶ谷駅での6月2日に開催される脱原発杉並宣言実行委員会の駅頭街宣。立場や年代の違いを超えて私を含め10数人が参加しました。1000万人署名が呼びかけられ、幼い子どもを連れた若い人たちが署名する姿が多く、印象にのこりました。今日で、原発がすべて停止になります。再稼働を許さないために、がんばろう!皆さんの演説も熱がこもっていました。

午後は芝公園で行われる脱原発行動に参加。集会の場ではそう多くは感じなかったのに、デモをはじめるとこんなにも人が集まっていたのかといまさらながらに驚きました。照りつける太陽から逃れ、木陰で涼みながら参加していたのですね。「今日は歩く距離が短いので最後までがんばりましょう」という、たんぽぽ舎の柳田さんを信じて歩いていたのに、それは大きな間違いだったことがわかりました。芝公園をぐるっと回り、浜松町の駅を超えた終点にたどりついたときにはクタクタになってしまいました。

デモ終了後は経済産業省前のテント村に集合。ハンガーストライキに参加された人々を中心に、疲れを知らない人たちが踊りながら抗議行動を行い、その後、原発ゼロを祝う乾杯(お茶ですけどね)と集会が行われました。

とても疲れました~(;一_一)。でも、これからが正念場。疲れたなんて言ってはいけないと、気を引き締めています。

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5/3・4 自宅にいても休まりません…

忙しい日々のなかで、部屋の片づけができていないのは大きな悩み。たまには体を休めるために2日間を自宅で過ごすことにしました。いつもどおりに5時に起床(習慣になってしまっています)。ハナミズキの花びらがご近所の玄関先を汚していることに気づき、日頃なかなかできていない自宅周辺の掃き掃除に着手、その後玄関の靴箱の片づけに手をつけてしまったところから、私の意識と体は、片づけモードにスイッチが入ってしまいました。次々と部屋全体の模様替えから拭き掃除、書類棚の組み立て、書類の整理で、気がつけば2日間があっという間に過ぎてしまいました。家にいてもちっとも体は休まりません。明日からまた忙しい日がはじまります…トホホ

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5/1 変な恰好はできません

生活保護申請の付き添いで福祉事務所に向っていました。10時の約束には時間が早いので、自転車を降り、沿道のの花壇や庭先の花を鑑賞しながらゆっくり歩いていると、左側の道から自転車が曲がってきたのを確認しやり過ごしました。ところが後から突然「新城さんじゃないですか?」と声がかかりました。自転車を止め振り返ると、にこやかな笑顔の50代の男性、どこかでお会いしたような気がするのですが思い出せず、「新城ですが、もうしわけありませんがどちらさまでしたか」と問う私に、「いいんです、いいんです、一人のファンですから。新城さんは本当に変わりませんね。頑張っているんですね。よかった」と、笑顔で応えられ自転車で去っていかれました。突然のことで、驚きましたが、私の若いころをご存じの方の様でした。ありがとうございます。

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