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2017年6月

6/15 大田昌秀先生のご冥福をお祈りします

2017615_2大田昌秀先生の逝去の報に接し、とても残念でなりません

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

先日は告別式に参列させていただき、改めて大切な方を失った悲しみがこみ上げてきました。思えば、何度も杉並にお越しいただき、そのたびに貴重なお話に心揺さぶられました。沖縄出身者が呼びかけた「沖縄とむすぶ杉並集会」でのご講演、「戦争体験者100人の声の会」の集いをはじめ、何度お話をお聞きしても、研究熱心な先生のお話には新しい情報があふれ、衰えぬ記憶力と資料の豊富さに驚かされました。2年前、先生の国際平和研究所を友人達と訪問した際は、広げた書籍にはびっしりと赤線がひかれ、日頃の努力が拝察されました。
 先生は壮絶な沖縄戦を体験し、亡くった旧友のために生き残った者の役目を果たすとして、平和の尊さと戦争の愚かさを訴えられたことは多くの方々が知るところです。‘軍隊は決して住民を守らない’こともその体験から、よく話されていました。先生の訃報に接したひめゆり学徒の生存者である上江田千代さんが、電話の向こうで本当に残念だと泣いておられました。同じ体験をされた千代さん...
はお兄さんのように、大田先生を尊敬され、私たちには兄妹のようにも見えました。
先生は久米島出身で、その久米島の離れ島に生まれた私を「あんな小さな島から、よく頑張っている」と嬉しそうに語り、励ましてくださいました。その相好を崩された表情がいまも思い出されます。
毎年の沖縄平和行進や県民大会で帰省した折は、杉並の友人らと何度も国際平和研究所を訪問し、大田先生に面会。90歳になられたころは一回り小さくなられたように感じ不安にもなりましたが、お話すればまだまだエネルギーがみなぎっていることを感じホッとしました。そして最近は、テレビや新聞に映し出されるさらに一回り小さく細くなられた先生には心配でした。今年の5月友人たちと研究所に連絡をすると「体調がすぐれず休んでいる」とのことでお会いすることができませんでした。今から思えばお見舞いに行くべきであったと残念でなりません。
大田先生は私には父のような存在でもあり、心から尊敬する人でした。亡くなられた日は誕生日で、ご家族や教え子にハッピーバースデーで祝福される中、安らかに逝かれたこと、皆さんと握手した際はとても力強く返されたことを、姪の渡辺さんからお聞きしました。
昨日告別式で弔辞を読まれた比嘉幹郎さんの「大田さんが最後までこだわったように、沖縄へのいかなる差別も許さず、恒久平和のために私たちは力を尽くす」という言葉のように、私も先生から学んだ一人として、先生に並ぶことはできないけれど、平和のためにこれからも力を尽くしたいと思います。
大田先生、ありがとうございました。
ご冥福を心よりお祈りします。

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